6月2日 更なる転職へ
- 2011/06/03 (Fri)
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朝、のんびりと44番大ほう寺まで歩いてから、考えた。峠の下り口までバスで行き、山を下りて46番を打つか。それとも…松山までバスで行ってしまい、明日レンタサイクルで46~51番を一息で打つか。
歩くのめんどくせえ。自転車遍路とはどげなもんか、楽しんでみよう(ついこないだまで歩けないことを悔しがってたのに、この変わり様)。電話で、道後の素泊まり2000円宿「あい」を今日から2泊予約した。
12:30頃、4月18日以来の松山に到着。私の好きな街。
道後まで市電(路面電車)に乗り、お宿へ。宿のご主人は、噂どおりの物腰柔らかな方だ。遍路じいさん達とは別世界におわす御仁じゃ(しつこく皮肉る)。
今日は休養日にする。昨日まで、何だかんだで3日連続15km以上歩いてしまったからな。歩きすぎだ。自転車で埼玉に戻れるように怪我を治さないかんのに。
昼御飯は、火が通ったばかりの物を食べたかったので、4月にも行った中華料理屋「太白」で食べた。日本人は温かい料理を食べんと落ち着かんよね。
お次は道後温泉に入り心身を癒した。ここは改修工事が始まるらしいけん、今のうちに入っとかなな。
夜御飯はスーパーで半額になってたステーキを。1200円のがなんと600円。体が珍しく牛肉を欲していたので、良い出会いだ。おかずの600円はお遍路はじめて以来の最高額だが、僕なりに歩き遍路を頑張ったけん、ごほうびや。
歩くのめんどくせえ。自転車遍路とはどげなもんか、楽しんでみよう(ついこないだまで歩けないことを悔しがってたのに、この変わり様)。電話で、道後の素泊まり2000円宿「あい」を今日から2泊予約した。
12:30頃、4月18日以来の松山に到着。私の好きな街。
道後まで市電(路面電車)に乗り、お宿へ。宿のご主人は、噂どおりの物腰柔らかな方だ。遍路じいさん達とは別世界におわす御仁じゃ(しつこく皮肉る)。
今日は休養日にする。昨日まで、何だかんだで3日連続15km以上歩いてしまったからな。歩きすぎだ。自転車で埼玉に戻れるように怪我を治さないかんのに。
昼御飯は、火が通ったばかりの物を食べたかったので、4月にも行った中華料理屋「太白」で食べた。日本人は温かい料理を食べんと落ち着かんよね。
お次は道後温泉に入り心身を癒した。ここは改修工事が始まるらしいけん、今のうちに入っとかなな。
夜御飯はスーパーで半額になってたステーキを。1200円のがなんと600円。体が珍しく牛肉を欲していたので、良い出会いだ。おかずの600円はお遍路はじめて以来の最高額だが、僕なりに歩き遍路を頑張ったけん、ごほうびや。
5/31~6/1 開眼
- 2011/06/02 (Thu)
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5月31日(火)
久し振りの青空と陽光で、テンションが上がる。天候で気分が全く違うわ。やっぱり天気の悪い所には住めん、と実感。東北日本海側~北陸~山陰や南ヨーロッパ以外のヨーロッパには住めん。欝になる。
今日は潔く最初から公共交通機関を使うつもりで、のんびりモード。喫茶店でモーニングを食べて雑誌を読んだ。
そしてバスに乗り、歩き遍路さん達をごぼう抜きしながらお寺の近くまで。
1kmくらい歩き41番龍光寺を打ち、また少し歩いて42番佛木寺。
佛木寺の門前では、何らかの宗教の信者が文庫を配っていた。私も信者のおばさんに「弘法大師も、お遍路さんはこの人(著者)に会いなさいと言ってるんです」と言われ手渡された。ほんまかいな…。おばさんの感じは悪くなかったから、創価学会ではあるまいと思ったが{創価学会(日蓮正宗)は遍路文化を敵対視している}、果たして本を見てみると統一教会だった。おぅ…。
ちなみに門前の売店には公明党のポスターが貼ってあった。狭い空間で宗教がチャンポンしゆう。
佛木寺からは、地元の方の車に乗せて頂き峠を越え、43番明石寺の5.6km手前まで。そこから歩き明石寺を打ち、また歩いてJR卯之町駅へ。今度はJRの特急に乗り(鈍行は本数が少なく遅い)、伊予大洲駅へ。そこからバスに乗り、本日の最終目的地・番外霊場十夜ヶ橋。畳み敷きで布団付きの豪華な通夜堂をお借りした。こちらは近くに弁当屋とスーパーと銭湯まであるという、貧乏遍路には大変贅沢な立地。ああ至れり尽くせり。
今日は、バス、鉄道、ヒッチハイク、徒歩を組み合わせた遍路だった。バスと鉄道で目的地の近くまで行ってから、ちょこちょこ歩くのは遠足のごた。これからは「遠足遍路」と名乗ることにしよう。
6月1日(水)
朝、最寄り駅まで歩いて鉄道に乗り、内子町へ。江戸末期から明治にかけて建てられたという歴史的建造物の街並みを歩いた。
そこで観光客のおじさんに「ずっと歩いて?」と聞かれたので、早速「遠足遍路です!」と応じた。
内子町には団体観光客が来ており、その中で一人だけ遍路姿の私は、皆さんからの視線を浴びた。観光客のおばさんからは「お兄さんの写真撮りたいわ」と言われたので一緒に写った。そうかぁ、四国以外から普通の観光に来ている人にとっちゃあ、お遍路は珍しい訳だね。普段はお遍路さんや四国在住の人としか会わんけぇ、そのことに気付かなかった。
束の間、アイドル気分を味わえたわ。もう歩き遍路を引退したのに、観光客の人からは「若いのに歩き遍路なんて、感心やな」という目で見られて、得した気分だね。
街並みを離れ、少し歩いてからバスに乗り、道の駅へ。ここから先は峠道じゃけ、ヒッチハイクせねばならん。
昼飯を食べつつ駐車場の車を監視しとったら、広島ナンバーのおじさんが近くにきたので会話した。おじさんは「愛媛の運転はめちゃくちゃでしょ」と言った。おぉ、理解者が。香川・徳島程ではないが、愛媛も荒いんだよねえ…。というか、今まで自転車と徒歩で旅した中で首都圏・岩手・秋田・鹿児島・宮崎以外は、すべて運転が荒い。
おじさんは私の行きたい方向とは反対に住んでたのでヒッチハイク出来なかったが、売店でわざわざお菓子を買って来てくれた。ありがたやありがたや。お遍路をしているおっさん・じいさん達は我が強い感じで、残念なことに柔らかな雰囲気を持った人が殆どいないが、こうしてお接待をして下さる市井の方々は皆さん柔和で、癒される。こういう方々とお会いする機会を得られることにも、お遍路をする価値がある。
お菓子を頂いた直後に高知ナンバーの車を捕まえ、ヒッチハイク成功。助かった~。
45番岩屋寺8km手前まで乗せて頂き、4km弱歩き、またヒッチハイクして岩屋寺の駐車場まで乗せて頂いた。
岩屋寺は駐車場からお寺までののぼり坂が急で、体力の落ちている私にはこたえた。そして下りは足が痛い。
岩屋寺から3kmくらい歩き、本日三度目のヒッチハイク。親指を立てて道路に向けて腕を伸ばすのが、恥ずかしくてなかなか勇気がいる。無視されるとショックだし。駐車場なんかで直接話し掛けて乗せてもらう方が気楽だな。
でも無事成功。乗せてくれたのは、地元の仕事帰りの人だった。寡黙そうな、北東北の男性っぽい雰囲気の人だったが、私が降りるときに渡した納め札を「ありがとう」と受け取って下さったのが嬉しかった。有り難いのはこちらの方なんだけど、お四国の方々は、納め札をありがたそうに受け取って下さるのよねえ…。それもまたありがたい。
久し振りの青空と陽光で、テンションが上がる。天候で気分が全く違うわ。やっぱり天気の悪い所には住めん、と実感。東北日本海側~北陸~山陰や南ヨーロッパ以外のヨーロッパには住めん。欝になる。
今日は潔く最初から公共交通機関を使うつもりで、のんびりモード。喫茶店でモーニングを食べて雑誌を読んだ。
そしてバスに乗り、歩き遍路さん達をごぼう抜きしながらお寺の近くまで。
1kmくらい歩き41番龍光寺を打ち、また少し歩いて42番佛木寺。
佛木寺の門前では、何らかの宗教の信者が文庫を配っていた。私も信者のおばさんに「弘法大師も、お遍路さんはこの人(著者)に会いなさいと言ってるんです」と言われ手渡された。ほんまかいな…。おばさんの感じは悪くなかったから、創価学会ではあるまいと思ったが{創価学会(日蓮正宗)は遍路文化を敵対視している}、果たして本を見てみると統一教会だった。おぅ…。
ちなみに門前の売店には公明党のポスターが貼ってあった。狭い空間で宗教がチャンポンしゆう。
佛木寺からは、地元の方の車に乗せて頂き峠を越え、43番明石寺の5.6km手前まで。そこから歩き明石寺を打ち、また歩いてJR卯之町駅へ。今度はJRの特急に乗り(鈍行は本数が少なく遅い)、伊予大洲駅へ。そこからバスに乗り、本日の最終目的地・番外霊場十夜ヶ橋。畳み敷きで布団付きの豪華な通夜堂をお借りした。こちらは近くに弁当屋とスーパーと銭湯まであるという、貧乏遍路には大変贅沢な立地。ああ至れり尽くせり。
今日は、バス、鉄道、ヒッチハイク、徒歩を組み合わせた遍路だった。バスと鉄道で目的地の近くまで行ってから、ちょこちょこ歩くのは遠足のごた。これからは「遠足遍路」と名乗ることにしよう。
6月1日(水)
朝、最寄り駅まで歩いて鉄道に乗り、内子町へ。江戸末期から明治にかけて建てられたという歴史的建造物の街並みを歩いた。
そこで観光客のおじさんに「ずっと歩いて?」と聞かれたので、早速「遠足遍路です!」と応じた。
内子町には団体観光客が来ており、その中で一人だけ遍路姿の私は、皆さんからの視線を浴びた。観光客のおばさんからは「お兄さんの写真撮りたいわ」と言われたので一緒に写った。そうかぁ、四国以外から普通の観光に来ている人にとっちゃあ、お遍路は珍しい訳だね。普段はお遍路さんや四国在住の人としか会わんけぇ、そのことに気付かなかった。
束の間、アイドル気分を味わえたわ。もう歩き遍路を引退したのに、観光客の人からは「若いのに歩き遍路なんて、感心やな」という目で見られて、得した気分だね。
街並みを離れ、少し歩いてからバスに乗り、道の駅へ。ここから先は峠道じゃけ、ヒッチハイクせねばならん。
昼飯を食べつつ駐車場の車を監視しとったら、広島ナンバーのおじさんが近くにきたので会話した。おじさんは「愛媛の運転はめちゃくちゃでしょ」と言った。おぉ、理解者が。香川・徳島程ではないが、愛媛も荒いんだよねえ…。というか、今まで自転車と徒歩で旅した中で首都圏・岩手・秋田・鹿児島・宮崎以外は、すべて運転が荒い。
おじさんは私の行きたい方向とは反対に住んでたのでヒッチハイク出来なかったが、売店でわざわざお菓子を買って来てくれた。ありがたやありがたや。お遍路をしているおっさん・じいさん達は我が強い感じで、残念なことに柔らかな雰囲気を持った人が殆どいないが、こうしてお接待をして下さる市井の方々は皆さん柔和で、癒される。こういう方々とお会いする機会を得られることにも、お遍路をする価値がある。
お菓子を頂いた直後に高知ナンバーの車を捕まえ、ヒッチハイク成功。助かった~。
45番岩屋寺8km手前まで乗せて頂き、4km弱歩き、またヒッチハイクして岩屋寺の駐車場まで乗せて頂いた。
岩屋寺は駐車場からお寺までののぼり坂が急で、体力の落ちている私にはこたえた。そして下りは足が痛い。
岩屋寺から3kmくらい歩き、本日三度目のヒッチハイク。親指を立てて道路に向けて腕を伸ばすのが、恥ずかしくてなかなか勇気がいる。無視されるとショックだし。駐車場なんかで直接話し掛けて乗せてもらう方が気楽だな。
でも無事成功。乗せてくれたのは、地元の仕事帰りの人だった。寡黙そうな、北東北の男性っぽい雰囲気の人だったが、私が降りるときに渡した納め札を「ありがとう」と受け取って下さったのが嬉しかった。有り難いのはこちらの方なんだけど、お四国の方々は、納め札をありがたそうに受け取って下さるのよねえ…。それもまたありがたい。
5/29~30の日記
- 2011/05/30 (Mon)
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5月29日(日)
未明、呼吸が出来なくなって目が覚めた。飛び起きて、息を吸おうとしても空気が肺に入ってこない。奇妙な音が鳴るだけ。何度か試したら呼吸が出来るようになったが、焦った。
元々、睡眠時無呼吸症候群の気があり、体全体が金縛りにあうこともあったが、今日のは初めて…。呼吸器官だけ金縛りにあったごた。気味が悪うてよう眠れなんだ…
おまけに朝起きたら歯ぎしりのし過ぎにより歯が痛い。
今日は台風がくる日だけん、また動かず連泊。宿のご主人が「お金大丈夫?(宿代は)一周回ってきてからでもいいよ」と心配して下さった。まっことよか人ばい。歩き遍路の為に善根宿や休憩所を開いて下さる方の心根は素晴らしい。
さて、今日もイチローは打てなかった。ばってん盗塁したけん、怪我しとう訳やないっちゃろねえ。なれど、あの打撃は異常だ。イチローの中で何かが狂っとう。心配だ心配だ。さすけねくねえ。
5月30日(月)
昨夜は風がうるさくてよう眠れなんだ。寝不足だばい。
8:30出発。今朝も引き続き風が強く、笠がガタガタ動いてせからしか。
右のふくらはぎが危うい具合なのは昨日から変わっとらんけんど、先に左股関節がいかれた。うわぁーん(T合T)(T@T)(T皿T) 股関節の内側が「ピキッ」となる。そしてその痛みが腰に繋がる。神経が圧迫されとるのか?ヘルニアにでもなったら適わんでこら。
まっことポンコツな27才で。こんままいったら50才には車椅子生活ろ。
もう体が駄目すぎて、流石に歩くことに諦めがつきそうじゃ。20km歩いた所でバスに乗り宇和島へ。
宿を取り、荷物を置いて市内の別格霊場(88ヵ所に入ってないが弘法大師にゆかりのあるお寺)龍光院へお参りし、中心市街地をぶらぶら流した。
せっかく宇和島に来たけん、天ぷら(魚の練り物)を食べたいと思ってスーパーを見てみたけど、どれも保存料やら化学調味料やらが入ってたので買わなんだ。僕の厳しいお眼鏡にはかないませんで。どうせ名物食べるなら、手抜きされてない物ば食べたいとよね。
未明、呼吸が出来なくなって目が覚めた。飛び起きて、息を吸おうとしても空気が肺に入ってこない。奇妙な音が鳴るだけ。何度か試したら呼吸が出来るようになったが、焦った。
元々、睡眠時無呼吸症候群の気があり、体全体が金縛りにあうこともあったが、今日のは初めて…。呼吸器官だけ金縛りにあったごた。気味が悪うてよう眠れなんだ…
おまけに朝起きたら歯ぎしりのし過ぎにより歯が痛い。
今日は台風がくる日だけん、また動かず連泊。宿のご主人が「お金大丈夫?(宿代は)一周回ってきてからでもいいよ」と心配して下さった。まっことよか人ばい。歩き遍路の為に善根宿や休憩所を開いて下さる方の心根は素晴らしい。
さて、今日もイチローは打てなかった。ばってん盗塁したけん、怪我しとう訳やないっちゃろねえ。なれど、あの打撃は異常だ。イチローの中で何かが狂っとう。心配だ心配だ。さすけねくねえ。
5月30日(月)
昨夜は風がうるさくてよう眠れなんだ。寝不足だばい。
8:30出発。今朝も引き続き風が強く、笠がガタガタ動いてせからしか。
右のふくらはぎが危うい具合なのは昨日から変わっとらんけんど、先に左股関節がいかれた。うわぁーん(T合T)(T@T)(T皿T) 股関節の内側が「ピキッ」となる。そしてその痛みが腰に繋がる。神経が圧迫されとるのか?ヘルニアにでもなったら適わんでこら。
まっことポンコツな27才で。こんままいったら50才には車椅子生活ろ。
もう体が駄目すぎて、流石に歩くことに諦めがつきそうじゃ。20km歩いた所でバスに乗り宇和島へ。
宿を取り、荷物を置いて市内の別格霊場(88ヵ所に入ってないが弘法大師にゆかりのあるお寺)龍光院へお参りし、中心市街地をぶらぶら流した。
せっかく宇和島に来たけん、天ぷら(魚の練り物)を食べたいと思ってスーパーを見てみたけど、どれも保存料やら化学調味料やらが入ってたので買わなんだ。僕の厳しいお眼鏡にはかないませんで。どうせ名物食べるなら、手抜きされてない物ば食べたいとよね。
5/27~28の日記
- 2011/05/29 (Sun)
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5月27日(金)
朝起きると喉が痛い。扁桃腺が腫れてるな。「病は気から」が早速出た。
今日は昼から雨予報。明日からも梅雨前線と台風で雨続きだ。雨の降っている時は歩かないと決めたので、しばらく足止めをくらうことになる。
観自在から約10km先に2500円で2食付きの宿があるき、とりあえずそこまで歩いてから予定を決める。
歩いていたら、軽自動車に乗ったおじいさんがお菓子をくれた。こういうお接待は久しぶりだ。おじいさんは「宇和島まで乗せますよ」と申し出て下さったが、大丈夫ですとお断りした。…後ろ髪引かれたが。
11時くらいに2500円の宿「柏坂」に着いた。どうしようか迷ったが、宿に荷物を置かせてもらい、軽くなってから先まで歩いてバスで宿に戻ってくることにした。
宿に電話し、ご主人に部屋を案内してもらい、休憩してから再出発。
すると、右のふくらはぎがまたもや痛い。多分、一昨日再び傷めた左股関節(先月香川県で傷めた所)を、今日は無意識に庇い、右足に負担をかけながら歩いていたのだろう。もう駄目だ、終了。私は本当に10kmしか歩けないのか、情けない。
足が痛いところに丁度今風ハイカラ銭湯があったので、サウナで喉を、水風呂で足を治そうと思って入った。そしたら余計に喉が痛くなった上に、のぼせたのか頭痛が加わった。駄目だこりゃ。
バスで宿に戻った。明日は丸一日雨予報なので連泊することにした。
それにしても、高知県の3分の2を車で過ぎてしまったことで、久し振りに悔しいという感情を味わっている。ワールド・ベースボール・クラシックで日本がアメリカと南朝鮮に負けて以来かなあ。
5月28日(土)
宿に缶詰め。テレビつけっぱなしや。
NHK衛星でマリナーズ戦がやってたのでイチロー様の打撃を拝見したのだが、むちゃくちゃ状態悪いな。打てそうな気配がない。右足に体重が乗ってなくて、上体で打ってる。解説が「イチローは我々とは違う次元でやってるから、また何か試しているのではないか」と言ってたが、その通りならいいんじゃが…足を怪我してるんじゃないかと思ってしまう程、下半身を使っていない。イチロー先生が打てないとつらいわ。
夜は、世界不思議発見でポルトガルの巡礼道特集をやってた。ポルトガルの街並みも実に美しいねえ…。いつか三味線背負って歩こう。
朝起きると喉が痛い。扁桃腺が腫れてるな。「病は気から」が早速出た。
今日は昼から雨予報。明日からも梅雨前線と台風で雨続きだ。雨の降っている時は歩かないと決めたので、しばらく足止めをくらうことになる。
観自在から約10km先に2500円で2食付きの宿があるき、とりあえずそこまで歩いてから予定を決める。
歩いていたら、軽自動車に乗ったおじいさんがお菓子をくれた。こういうお接待は久しぶりだ。おじいさんは「宇和島まで乗せますよ」と申し出て下さったが、大丈夫ですとお断りした。…後ろ髪引かれたが。
11時くらいに2500円の宿「柏坂」に着いた。どうしようか迷ったが、宿に荷物を置かせてもらい、軽くなってから先まで歩いてバスで宿に戻ってくることにした。
宿に電話し、ご主人に部屋を案内してもらい、休憩してから再出発。
すると、右のふくらはぎがまたもや痛い。多分、一昨日再び傷めた左股関節(先月香川県で傷めた所)を、今日は無意識に庇い、右足に負担をかけながら歩いていたのだろう。もう駄目だ、終了。私は本当に10kmしか歩けないのか、情けない。
足が痛いところに丁度今風ハイカラ銭湯があったので、サウナで喉を、水風呂で足を治そうと思って入った。そしたら余計に喉が痛くなった上に、のぼせたのか頭痛が加わった。駄目だこりゃ。
バスで宿に戻った。明日は丸一日雨予報なので連泊することにした。
それにしても、高知県の3分の2を車で過ぎてしまったことで、久し振りに悔しいという感情を味わっている。ワールド・ベースボール・クラシックで日本がアメリカと南朝鮮に負けて以来かなあ。
5月28日(土)
宿に缶詰め。テレビつけっぱなしや。
NHK衛星でマリナーズ戦がやってたのでイチロー様の打撃を拝見したのだが、むちゃくちゃ状態悪いな。打てそうな気配がない。右足に体重が乗ってなくて、上体で打ってる。解説が「イチローは我々とは違う次元でやってるから、また何か試しているのではないか」と言ってたが、その通りならいいんじゃが…足を怪我してるんじゃないかと思ってしまう程、下半身を使っていない。イチロー先生が打てないとつらいわ。
夜は、世界不思議発見でポルトガルの巡礼道特集をやってた。ポルトガルの街並みも実に美しいねえ…。いつか三味線背負って歩こう。
5月26日 悔恨
- 2011/05/28 (Sat)
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昨日乗せてくれた人に電話。歩き遍路本多は死にました。
高知市までの遍路で、満足した感がある。新たな出会いも再会も楽しかったからなぁ。
「修行の道場・土佐」に入り、あちこち足を傷めて弱気になり、お四国を歩き切ることを諦め、車に乗せてもらうようになり、今は倦怠感がある。
さて、乗せてくれた方だが、不思議なお話をしてくれた。
この方はかつて、生まれて5ヶ月の娘さん(次女)を亡くしているそうなのだが、その後、袈裟姿のお遍路さんがやってきて、お遍路が一般的に使う納め札ではなく、何故か鬼子母神のお札を置いて行ったらしい。そして、そのお札はいつの間にか消えてしまったと…。袈裟お遍路さんには、なにかが見えとったっちゃろか?
また、別の日にお寺に行ったら、住職が「あなた、長女にお数珠を持たせたほうがいいですよ」と、無料で数珠をくれたらしい。その数珠は、家では他の数珠と一緒にしまっとったらしいっちゃけど、やはりいつの間にかそのお数珠だけ消えてしまったと…。住職には、なんか見えとんしゃったっちゃろか…?
てな不思議なお話でした。う~む。私はお遍路に出るまで、「この世にゃ神も仏もねがんす」と思っとったばってん、お四国を回っとると、「何か不思議な力があるっちゃね…」と変わってきたったい。お四国には、何かあるっちゃ。
乗せてくれた人は、延光寺の次の観自在寺まで乗せてくれるとおっしゃっとったけんど、私が延光寺をお参りしている間に、病院から呼び出しがあり(看護婦さんだった)、戻らねばならなくなった。そこで、お寺の駐車場で隣に停まった車の人に、私を観自在寺まで乗せてくれるよう頼んでくんしゃっとった。申し訳ない…
乗せてくれた人には住所と名前を教えて頂いたので、結願(けちがん…88ヵ所回り切ること)したらお手紙を出す。
お荷物浪人を引き継いで下さったのは大分県宇佐市から区切り打ちに来ているご夫婦だった。宇佐は昨年自転車で通った。日本中旅すると、日本中の人と話が出来てよかね。
ご夫婦にはお昼ご飯までご馳走になってしまった。人のお世話になりすぎて心苦しい。
今晩は観自在寺の通夜堂に泊めて頂く。
通夜堂には、「野宿野郎」という同人誌があり、それにお遍路日記が載っていた。私より遥かにお接待を受けまくって、心がつぶれそうになっている男性の日記と、お接待をあっけらかんと受けたりトイレで寝たりしている神経がぶっとい女性の日記だった。とても慰めになった。
しかし、今まで自分が車に乗せてもらった距離を計算したら250kmにものぼっていることが判明して、胸の中に葛藤が沸き起こった。自分が歩きにかなりこだわっていたことを初めて知った。車で過ぎた道へ戻って歩き直したいとすら思った。
ばってん、この足と財力で歩き通すことは無理だ。例えば、歩く距離を1日10kmに抑えたら足はもつだろうが、金がもたん。
いつかまた徒歩のみで回りに来たい…。
この葛藤を飲み込むことが、私にとっての「修行の道場・土佐」なのだろう。
高知市までの遍路で、満足した感がある。新たな出会いも再会も楽しかったからなぁ。
「修行の道場・土佐」に入り、あちこち足を傷めて弱気になり、お四国を歩き切ることを諦め、車に乗せてもらうようになり、今は倦怠感がある。
さて、乗せてくれた方だが、不思議なお話をしてくれた。
この方はかつて、生まれて5ヶ月の娘さん(次女)を亡くしているそうなのだが、その後、袈裟姿のお遍路さんがやってきて、お遍路が一般的に使う納め札ではなく、何故か鬼子母神のお札を置いて行ったらしい。そして、そのお札はいつの間にか消えてしまったと…。袈裟お遍路さんには、なにかが見えとったっちゃろか?
また、別の日にお寺に行ったら、住職が「あなた、長女にお数珠を持たせたほうがいいですよ」と、無料で数珠をくれたらしい。その数珠は、家では他の数珠と一緒にしまっとったらしいっちゃけど、やはりいつの間にかそのお数珠だけ消えてしまったと…。住職には、なんか見えとんしゃったっちゃろか…?
てな不思議なお話でした。う~む。私はお遍路に出るまで、「この世にゃ神も仏もねがんす」と思っとったばってん、お四国を回っとると、「何か不思議な力があるっちゃね…」と変わってきたったい。お四国には、何かあるっちゃ。
乗せてくれた人は、延光寺の次の観自在寺まで乗せてくれるとおっしゃっとったけんど、私が延光寺をお参りしている間に、病院から呼び出しがあり(看護婦さんだった)、戻らねばならなくなった。そこで、お寺の駐車場で隣に停まった車の人に、私を観自在寺まで乗せてくれるよう頼んでくんしゃっとった。申し訳ない…
乗せてくれた人には住所と名前を教えて頂いたので、結願(けちがん…88ヵ所回り切ること)したらお手紙を出す。
お荷物浪人を引き継いで下さったのは大分県宇佐市から区切り打ちに来ているご夫婦だった。宇佐は昨年自転車で通った。日本中旅すると、日本中の人と話が出来てよかね。
ご夫婦にはお昼ご飯までご馳走になってしまった。人のお世話になりすぎて心苦しい。
今晩は観自在寺の通夜堂に泊めて頂く。
通夜堂には、「野宿野郎」という同人誌があり、それにお遍路日記が載っていた。私より遥かにお接待を受けまくって、心がつぶれそうになっている男性の日記と、お接待をあっけらかんと受けたりトイレで寝たりしている神経がぶっとい女性の日記だった。とても慰めになった。
しかし、今まで自分が車に乗せてもらった距離を計算したら250kmにものぼっていることが判明して、胸の中に葛藤が沸き起こった。自分が歩きにかなりこだわっていたことを初めて知った。車で過ぎた道へ戻って歩き直したいとすら思った。
ばってん、この足と財力で歩き通すことは無理だ。例えば、歩く距離を1日10kmに抑えたら足はもつだろうが、金がもたん。
いつかまた徒歩のみで回りに来たい…。
この葛藤を飲み込むことが、私にとっての「修行の道場・土佐」なのだろう。
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本多
性別:
男性
職業:
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